日本国内における鯨製品の流通の実態について−捕獲統計と市場調査から−

藤瀬良弘・後藤睦夫
(日本鯨類研究所)

1.はじめに

    我が国では、1982年の商業捕鯨モラトリアムの採択とこれに対する異議申し立て、そして1985年の申し立ての撤回を経て、1988年3月をもって商業捕鯨が停止しています。 このため、供給停止による鯨肉不足の危機感から、市場に流通している鯨肉への需要が急増し、結果として価格が高騰するとともに、下記に示すようないろいろな出来事が起こりました。

    まず、イルカ肉への需要の高まりです。鯨肉の高騰により、これまで特定の地域で限定的に消費されていたイルカ肉に対しても需要が高まり、これまで消費されていなかった地方の市場へイルカ肉が流通したり、また従来の鯨製品の代替品としてイルカ類の肉や皮が利用されるなどに価格高騰が起きました。 このため、イシイルカの突棒漁業は冬場の三陸沖だけの操業から、夏場には北海道周辺海域まで遠征操業するなど、漁期漁場や操業隻数の拡大が起こりました。

    このような異常な事態は、国内市場の混乱を生むとともに、正当な手続きのもとで実施されている捕獲調査や沿岸の小型捕鯨、イルカ漁業にも影響が及んでいます。

    また、鯨肉価格が異常に高騰している現状では、密輸や密漁に対するインセンティブが生まれます。

    このため、水産庁では、密輸・密漁の取り締まりの強化と、市場に流通する鯨製品のDNA鑑定による鯨種確認をして管理体制の強化を行ってきました。 さらに、2001年7月1日には省令を改正して正当に獲得された鯨肉以外の鯨肉の所持、販売、加工を禁止しました。 しかし、不可抗力と見なせる定置網に混獲された鯨に限っては、特に定められた一部の鯨類を除いて、DNA登録等を条件として販売することを認めています。 このように我が国は適正な鯨類資源の管理とその有効利用の推進に努力しています。 しかしながら、これらの効果を把握するためには継続的な調査が必要となることから、いましばらくの時間が必要だと思われます。

    同時に、未だに不明な点は、いったいどの位の量の鯨製品が国内市場に出回っているのか、特にその鯨種別の量はどうなのかといった流通量に関することです。 しかしながら、この疑問も、鯨肉の流通過程が複雑で、いったん配分されたクジラ肉がその後に各地の需要の程度によって再配分されているため、一般の消費者が購入する小売店レベルではどうなっているのかについては、未だに具体的な結果が示されていません。

    そこで、ここでは、正規の許可漁業(捕獲調査、沿岸小型捕鯨業、並びにイルカ漁業)で報告されている捕獲頭数や生産量から1年間に国内市場に投入される鯨製品の量について試算してみました。 また、当研究所が市場調査を通して収集したサンプルの情報やDNA分析による鯨種鑑定結果に基づき、これまで実態が明らかになっていなかった一般の小売店などにおける鯨製品の流通について検討しました。

    なお、この他に定置網による鯨類の混獲物からの鯨製品の流通が考えられますが、ここで取り纏めた3つの調査時期は、上述した2001年7月の省令改正前に実施した調査であり、改正前は地元消費のみに限られて利用が許可されていたことから、ここでは殆ど流通していないとして考慮しませんでした。

2.国内における鯨類の捕獲活動(漁業と調査)

    現在、日本では、特別許可による南極海及び北西太平洋における鯨類捕獲調査、小型捕鯨漁業によるツチクジラ、コビレゴンドウ(タッパナガ及びマゴンドウ)及びハナゴンドウを対象とした小型捕鯨業、そして小型鯨類(イルカ類)を対象としたイルカ漁業があります。

2.1 鯨類捕獲調査

    国際捕鯨取締条約第8条の下で、日本国政府が財団法人日本鯨類研究所に特別許可を発給して南極海と北西太平洋で行っている鯨類捕獲調査です。 ここで調査の対象としているクジラの種類は、南極海のクロミンククジラと、北西太平洋のミンククジラ、ニタリクジラ及びマッコウクジラです。 現在、南極海ではクロミンククジラを400頭に+-10%の許容範囲をもって採集が実施されており、また北西太平洋ではミンククジラ100頭、ニタリクジラ50頭、及びマッコウクジラ10頭を目標とする標本数として、捕獲調査が実施されていました。 2002年からは北西太平洋の調査が本格調査に移行するため、捕獲数はミンククジラ150頭、ニタリクジラ50頭、イワシクジラ50頭及びマッコウクジラ10頭に変更されて実施することが計画されています。

2.2 小型捕鯨業

    小型捕鯨業は国際捕鯨委員会(IWC)が管轄する鯨種リストに含まれない、ツチクジラやコビレゴンドウ、ハナゴンドウを対象として沿岸で小型捕鯨船を用いて行われる捕鯨業のことです。 この捕鯨業は捕鯨砲を備えた動力漁船を用いて主にミンククジラや、マッコウクジラを除くハクジラを対象とした漁業と定義され、農林水産大臣の許可漁業ですが、商業捕鯨モラトリアムとなった1988年3月以降は、ツチクジラとコビレゴンドウ(タッパナガ及びマゴンドウ)が主要な対象種となっています。 現在の捕獲枠は、ツチクジラ54頭(北太平洋-オホーツク海系群)、コビレゴンドウ(北方系50頭、南方系50頭)ですが、このほか、特別枠として、日本海のツチクジラ8頭(北太平洋-オホーツク海系群とは異なる系群と考えられている)や和歌山県太地沖のハナゴンドウ20頭が許可されています(岩崎ら、2002)。

2.3 イルカ漁業

    イルカ漁業は、IWCの管轄外の小型鯨類(イルカ類)を対象とした漁業で、各地の海区調整委員会による承認漁業でしたが、本年4月より知事許可漁業となりました。 形態としては、静岡及び太地を中心として数隻の漁船を使って湾に追い込んで捕獲する追い込み漁業、手投げ銛を使って捕獲する突棒漁業は、北日本で主にイシイルカ、リクゼンイルカ、和歌山沖ではスジイルカ、ハナゴンドウ、バンドウイルカ、マダライルカなど、沖縄ではマゴンドウ、オキゴンドウ、ハンドウイルカなどを対象にして操業されています。 沖縄では大きな石弓型の漁具を用いることから、パチンコ漁業とも呼ばれています。 イルカ漁業の捕獲枠は、イルカの種類と海区ごとに決められています。 なお、近年のイルカ漁業の状況については、岩崎ら(2002)に詳細が述べてあるので、そちらを参照して下さい。

3.1996年、1999年及び2000年の鯨種別の総生産量の推定

    鯨類の生産量は漁業形態毎の報告はありますが、鯨種別統計には明確にはなっていません。 そこで、ここでは利用可能な情報に基づき、試算しました。

    1996年と1999年の捕獲調査、小型捕鯨業、及びイルカ漁業による捕獲数は、日本国政府がIWCに報告しているプログレス・レポートから引用しました(Government of Japan, 1998; 2000)。 また、2000年の1年間(1月から12月)の捕獲頭数は、日本国政府がIWCに報告しているプログレス・レポート(Government of Japan, 2002)および農林水産省水産庁資源管理部遠洋課捕鯨班のホームページ(http://http://www.jfa.maff.go.jp/whale/document/2000progressreportJP.pdf)より入手して作成しました(表1)。

    また、生産量ですが、捕獲調査及び小型捕鯨業の対象鯨種は各実施団体の報告を参照しました。 しかしながら、イルカ漁業については種毎の生産量に関する情報を入手することができなかったため、ここでは以下のようにして推定しました。

    マゴンドウとオキゴンドウについては小型捕鯨のコビレゴンドウの生産量(小型捕鯨業によって捕獲されたコビレゴンドウ1頭あたりの生産量は815kgで、肉類と皮類はそれぞれ483kgと332kgでした。 これは過去5年間471頭の平均値です)を用いました。

    また、ハナゴンドウとバンドウイルカについては、同様に小型捕鯨のハナゴンドウの生産量(過去5年間 92頭の平均では、1頭あたり117kgで、肉類と皮類はそれぞれ65kgと52kgでした)を用いました。

    一方、イシイルカについては、当研究所が乗船調査や水揚げされる魚市場での実態調査を通して推定した値を用いました。 これによると平均体長185cmの個体で約45kgの正肉(赤肉)と皮類4kgが生産されています。 1989-92年に行った調査で3,896頭の平均体長は186cmであったので、ここではこれらの値を採用しました(日鯨研、未発表)。 また、スジイルカについては、生産に関する情報が得られなかったので、ここでは研究用標本について報告された各部位の平均重量%から計算しました。 すなわち、スジイルカについては脂皮25.3kg、肉80kgです(成熟個体147kgとして計算、Miyazaki et al. 1981)。 しかしながら、これは研究用のために解剖され、各部位の重量を記録したため、製品とならない'くず肉'なども含まれていることから、実際の生産量より過大に評価している可能性があるので、比較する場合には注意が必要です。 また、マダライルカは近縁でほぼ同じ大きさのスジイルカの値を用いました。

    この結果、1996年、1999年及び2000年の総生産量は、それぞれ3,646トン、3,533トン、及び4,106トンと推定されました。 また、日本の人口を1億2,800万人として日本国民1人あたりの割り当てられる量について試算したところ、年間あたりそれぞれ、28g、28g及び32gと算出されました。

    また、これを鯨種別に見ると、各年とも、南極海のミンククジラ(クロミンククジラ)の生産量がもっとも多く、全体のおよそ50%を占めています。 そして、次いでイシイルカ(特に肉類)であり(2000年はニタリクジラ)、ツチクジラ、コビレゴンドウと続いていることがわかります。

    4.市場調査からの解析

    日本鯨類研究所では、水産庁より委託を受けて、国内の一般市場小売店から鯨製品を購入して、それら鯨製品からの鯨種判別を行っています。 鯨種判定方法については後藤(2000)に詳細な記述があるので、そちらを参照して下さい。 将来的には、この鯨種判定と個体識別法の組み合わせにより違法な鯨肉の流通の防止や適切な鯨製品の流通の監視に貢献することが期待されています。 ここでは、鯨種判定法による分析結果を用いて、日本各地の一般市場小売店において販売されている鯨製品の実態、特にその特徴について検討しました。

    この市場調査でもっとも大きな問題となるのは、それらのサンプルが国内市場を代表したサンプルになっているかどうかという点です。 当研究所では、都道府県を広くカバーすることを目標として調査員が各地に出向き、地元タクシーの運転手などへの聞き込み調査などによって販売店を特定し、その販売店では展示販売されている全種類を購入する方法で、製品を入手しました。

    これまでに3回の調査を行っています。 1996年は3月5日から4月12日にかけて28都道府県142店舗から鯨製品353点を入手しました(表2)。 遺伝的手法を用いた鯨種判別の結果、341試料について鯨種(マイルカ科の一部については科レベルまで)の判別ができました(判別率は96.6%)。

    1999年-2000年の調査は、1999年11月8日から2000年2月24日にかけて実施し、39都道府県312店舗から鯨製品648点を入手しました(表2)。 遺伝的手法を用いた鯨種判別の結果、589試料が鯨種(科レベル)の判別ができました(判別率は90.9%)。

    また、2000年-2001年の調査は、2000年11月5日から2001年2月8日にかけて実施し、27都道府県403店舗から鯨製品977点を購入しました(表2)。 そして、遺伝的手法を用いた鯨種判別の結果、881試料について鯨種(もしくは科レベル)の判別ができました(判別率は90.2%)。

    調査した店舗数は、1996年調査では、北海道地方15店、東北地方31店、北陸・中部・関東地方20店、近畿地方36店、中国・四国地方17店、及び九州地方23店でした。 また、1999-2000年調査では、北海道地方39店、東北地方118店、北陸・中部・関東地方101店、近畿地方159店、中国・四国地方80店、及び九州地方151店でした。 また、2000-2001年調査では、北海道地方38店、東北地方104店、北陸・中部・関東地方41店、近畿地方67店、中国・四国地方73店、及び九州地方80店でした。

    調査した店舗数及び展示数(購入数)から一店舗当たりの展示数を算出し、県単位で比較したところ、鯨肉の主要な消費地である関西地方及び九州地方などの西日本では店舗あたりの店頭展示数も多く、大阪府で3.1-4.7、兵庫県で4.4-5.5、福岡県で3.1-3.8でした。

    また捕鯨基地や捕鯨関係者の多い千葉県(和田浦)では3.6-10で、和歌山県(太地)では3.6-4.8、山口県(下関)では3.7-4.0、佐賀県(呼子)で2.5-4.0、長崎県(有川)では2.8-3.2と比較的高い値を示しました。 一方、これら以外の地域では1品か2品程度の展示数でした。

    このように捕鯨に関係する地方では店舗当たりに展示されている鯨製品の種類も豊富で、鯨肉の刺身やベーコン、サラシクジラといった単品以外にもゆで畝須、乾燥肉といったいろいろな加工品もあわせて、店頭に並んでいるものと考えられます。

    表3は、1996年、1999-2000年と2000-2001年の各調査における全国平均値(6地方の平均値)を示したものです。 ここでは鯨種別の展示数の割合として示しました。 その結果、これら3回の調査ともに、南極海のクロミンククジラの製品が高い割合を占めており、全体のおよそ半分(46〜51%)に及んでいます。クロミンククジラの中では、赤肉の割合が最も高く(15〜22%)ついで畝須(13〜18%)、本皮(8〜9%)の順でした。次いでツチクジラ(10〜13%)、北西太平洋ミンククジラ(9〜17%)、イシイルカ(8〜9%)、そのマイルカ科類(5〜8%)の順でした。

    表4から表6は、1996年、1999-2000年と2000-2001年の鯨種別の展示製品数の割合をさらに全国6地域に分けて示したものです。 どの地域も概して、南極海のクロミンククジラの割合が高く、クロミンククジラの製品が全国にいきわたっていることを示しています。 この中でも、特に赤肉の割合が最も高く、ついで畝須、尾羽の順でした。

    また、3年の調査ともに、同様な地域的特徴が現れています。 すなわち、北海道地方や東北地方、関東地方などの東日本ではツチ鯨製品の展示数が比較的高く、1996年で9〜24%、1999-2000年調査では12〜28%、及び2000-2001年調査では14〜28%でした。 これらの地方では、ツチクジラの操業場や解体場が存在しており、このようなツチクジラの水揚げ地を中心にして流通しているものと思われます。

    一方、コビレゴンドウ製品は全国的にはわずかですが、伝統的な食習慣を有する太地(和歌山)を含む近畿地方で高い傾向を示しています(4〜7%)。 また、同様な理由により、イルカの追い込み漁業の対象種を含む'その他のマイルカ科鯨類'も近畿地方に高い傾向を示しています(11〜18%)。

    一方、イシイルカは主に東北地方を中心とするイルカ突棒漁業で捕獲されるため、東北地域で比較的高い傾向を示しましたが(9%)、関東・北陸・中部地方や九州地方においても比較的高く、特に、九州地方では3回の調査ともに、高い割合を示しました(14〜17%)。 また、その他の鯨種に含まれる鯨種としては、1996年は21件で全製品数の14.8%でした(ナガスクジラ12、ニタリクジラ5、ザトウクジラ1、マッコウクジラ2、コマッコウ1)。 また、1999-2000年は20件(ナガスクジラ6、ニタリクジラ2、イワシクジラ1、ザトウクジラ1、マッコウクジラ14)で、2000-2001年は6件(イワシクジラ1、ナガスクジラ2、ニタリクジラ3)でした。

5.在庫量調査

    日本捕鯨協会は過去2回にわたり鯨製品を取り扱っている関係者に対して在庫量調査を実施し、これを公表しています(日本捕鯨協会、2000;2001)。 表7はその要約を示したものです。

    1999年と2000年の11月末に実施した調査では、回答率はそれぞれ76.4%(544件中416件)及び89.8%(588件中528件)で、回答者のうち鯨肉を所有している機関はそれぞれ40.6%(169)、38.6%(204)でした。 ここでは、ミンククジラは南極海と北西太平洋の両方を含めたものです。

    この調査の結果、1999年11月末時点の在庫量は1,090トンで、このうちミンククジラの在庫量がもっとも多く、全体の59.0%(643トン)を占めており、次いでイルカ類が全体の16.2%に及んでいました。 また、ツチクジラやゴンドウクジラは全体の11.4%及び10.5%を占めていました。

    一方、2000年11月末時点の在庫量は、1161.5トンで、このうちミンククジラ在庫量が66.7%と高く、次いで、ツチクジラ15.0%、イルカ類10.3%、ゴンドウクジラ6.4%の順でした。

6.ラベル表示

    近年、環境団体が鯨製品の不当表示について汚染問題とも関連してキャンペーンを行っています。 鯨製品に不当な表示があることは、当研究所や捕鯨協会でもこれまで指摘してきましたが、上記の3回の調査についても、この点について検討しました。

    表8に、遺伝的手法を用いた鯨製品の鯨種判別の結果とラベルに標記された鯨種名について照合した結果を示しました。

    1996年では、正当な鯨種が記載されたものは南半球産ミンククジラで14.6%、ミンククジラで23.1%、コビレゴンドウで50.0%、イシイルカで19.2%(「イルカ」の表示を含む)、ツチクジラで7.5%で、全体としては16.1%(57件)であり、誤った表示は28件(7.8%)でした。 また、鯨種を表示していないものが263件あり、これは全体の74.5%にも達していました。

    1999-2000年では、南半球産ミンククジラで26.5%(「ミンククジラ」表示を含む)、ミンククジラで27.4%、コビレゴンドウで12.0%、ツチクジラで8.9%、イシイルカ4.8%(「イルカ」の表示を含む)でした。 また、間違った鯨種表示は29件(4.5%)であり、鯨種を表示していないものは490件あり、全体の75.6%でした。

    一方、2000-2001年では、南半球産ミンククジラで49.9%(「ミンククジラ」表示を含む)、ミンククジラで20.9%、ツチクジラで16.5%、コビレゴンドウで8.8%、イシイルカ0%でした。 また、誤った表示は90件(9.2%)であり、鯨種を明示していないものは576件あり、全体の59.0%に相当していました。

    これら3回の調査で明らかになったとは、鯨種を標記していない鯨製品が大部分を占めており、1996年や1999-2000年調査では全体のおよそ75%、2000-2001年調査においてもおよそ60%と非常に高い割合を示している点です。

    鯨種が正しく表示されたものは、1999年で16.1%、1999-2000年で17.9%、2000-2001年で24.4%であり、誤った表示はそれぞれ7.9%、4.5%及び9.2%でした。

    また、遺伝解析では検出できず鯨種不明とした製品は、1996年で12件(3.3%)、1999-2000年で59件(9.1%)、並びに2000-2001年で96件(9.8%)であり、これらの中にはDNA分析の検出感度の問題とともに、複数種の鯨種が混在しているため鯨種を特定できなかった可能性があります(後藤、2000)。

7.考察

    本報告では、3つの情報に基づき、国内の鯨製品の流通の実態について検討しました。

    第1は生産者側からの情報、すなわち生産量や捕獲頭数などのデータからの推定です。 3年の生産量推定の結果から、南極海のクロミンククジラが流通の大きな部分を占めており(45.0〜47.4%)、次いで、イシイルカも全体の20%に相当する量の原料が市場に出荷されているものと推定されました。(19.3〜21.6%)。

    第2は店頭で販売されている鯨製品から検討したもので、ここでは展示数を用いて検討しました。 この結果は、南極海のクロミンククジラは46%〜51%で、第1の試算と同様に高い割合を示しました。 北西太平洋のミンククジラは第1の方法では2.8〜7.5%で、第2の方法では9%でした。 また、ツチクジラは第1の方法では約10%で、第2の方法では10〜12%とほぼ一致しておりました。 しかしながら、イシイルカでは両者に食い違いが起こっており、第1の方法では約20%、第2の方法では8〜9%と大きな違いが認められました。

    第3は在庫量調査の結果で、これも(南北を含む)ミンククジラが大部分(59.0%〜66.7%)を占めており、現在、国内に流通保管されている鯨肉の大半が南極海のクロミンククジラを主体とするミンククジラであることに疑う余地は無いでしょう。 しかしながら、イルカ類の在庫量は第1の方法で試算結果と同様に比較的高く、全体の15〜16%を示しました。

    特に、認められたイシイルカ(イルカ類)の食い違いには、次のような要因が考えられます。

  1. 国内に流通する鯨製品の季節的な変化: 生産量や捕獲頭数などの捕獲統計は一年間の統計であるため、その鯨種組成は1年間の平均的な値として示されています。
  2. 市場に出回る鯨製品はその鯨類の漁期や販売時期などにも関係しているため、時期によって出回る鯨の種類が異なる可能性があります。 市場調査を行った時期は主に、年末から年始(11月から2月)であるため、夏場に出回る鯨種までカバーされていません。 このように時期的な鯨種組成の違いがイシイルカでの推定値の食い違いに関係した可能性が考えられます。

  3. 集計単位の違い: 第1で使用した生産量や第3の在庫量は量的な関係から検討しているのに対して、第2の方法は製品の種類数(展示数)を集計したものであるため、後者では量的な考慮がなされていないことがあげられます。 すなわち、ベーコンなどの高額の鯨製品は少量でパッケージにされたり、また肉の切れ端だけが別の名前で店頭に並ぶと、これは別の種類として計数されるため、第2の方法では過大評価してしまう可能性があることです。
  4. 混合物の可能性: 鯨加工品として販売されているものの中には、2種類以上の鯨種の混合品も出荷されていると考えられます。 そのような場合、明確なDNAパターンが読み取れず、第2の検討では、種不明鯨類の範疇に含まれることになります。 従って、第2の方法で、種不明鯨類に分類されたもの(全体の11〜14%)には、文字通りDNA分析で真に検出できない個体と、混ぜ物によってDNA分析が出来なかったものの両方が含まれているものと考えられます。

  5. 消費形態が鯨種で異なること:第2の方法で示したように、鯨種によって地域に限定消費される傾向があります。 例えば、イシイルカは東北地方を中心にして消費されている傾向がありました。 また、イシイルカ漁業が拡大した際、これらの余剰分は伝統的にイルカを食べる地域として有名な清水市などに運ばれていると考えられています。 従って、イルカ肉はヒゲクジラの肉などに比べて限定された地域で消費されている可能性があります。 第1の捕獲量から試算した生産量に比べて第2の市場調査でイルカ類が少なかったのは、これらのイルカ肉の大半が限定された地域でのみ流通しているために、一般の市場からサンプリングしている第2の方法ではこれが検出されなかった可能性があります。

    しかしながら、3つの方法ともに共通して得られた結果もあります。 すなわち、一般市場に流通している鯨製品の約半数(第1では45.0〜47.4%、第2では46〜51%、第3では59.0%〜66.7%)が南極海のクロミンククジラであると言うことです。

    先に述べたように、2001年7月の省令改正によって定置網による混獲鯨が合法的に一般市場に流通できるようになりました。 水産庁によれば、昨年7月1日以降12月末日までの混獲数は54頭(すべてミンククジラ)で、この内52頭が一般市場に流通しています。 このような混獲鯨の流通は今後、増えることが予想されます。 しかしながら、これらのクジラもすべてがDNA登録されていますので、市場調査における鯨種判別とともに個体識別も同時に行うことで、密漁や密輸の監視のみならず、鯨製品の流通過程を調べるのに有用な指標となるでしょう。

    今後は、異なる時期の市場調査でのサンプリングや、鯨製品の市場への投入時期とも併せてさらに、検討することによって、質的な議論をさらに推し進めて、量的な議論まで発展させることができるものと考えています。

    また、今後検討が必要なこととしては、鯨製品の店頭展示品の大半が鯨種及び産地が十分に明記されていないことです。 全鯨製品の60−75%が鯨種名の表示がなく、また全体のおよそ10%程度が誤った鯨種名が表示されており、正しい鯨種が表記されたラベルは16−25%であるという点です。 近年、狂牛病(BSE)問題などに端を発して牛肉や鶏肉など食肉の中に誤った品種並びに産地表示のあることが指摘され、大きな国民の関心事になっています。 残念なことですが、鯨製品の中にもこのような不正確なラベル表示のあるものが相当数あることが明確になりました。

    一般市場に流通している約半数が汚染の少ない南極海のミンククジラであることはほぼ間違いないと思われますが、鯨製品の中には不当かつ不親切な表示が続いている限り、鯨製品への国民の不信感を持たれることは避けられません。 このため、日本鯨類研究所では捕獲調査副産物のエコラベル運動を展開しており、不正な肉との混同を避ける努力を行っています。 国内での安全な鯨製品の供給を推進するためには、啓蒙活動とともに、このようなモニタリングの貢献するところが大きいと思われます。

8.最後に

    この報告は水産庁遠洋課捕鯨班、独立行政法人水産総合研究センター遠洋水産研究所、日本捕鯨協会、小型捕鯨協会など関連機関からのご理解とご援助の下に取り纏めを行ったものであり、関係機関並びに関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。

9.文献

    後藤 2000. 遺伝学的手法を用いた日本市場に流通する鯨製品の種判定と個体識別. 鯨研通信 407: 1-11.

    岩崎・木白・加藤. 2002. 小型鯨類の管理. pp.54-63 In:(加藤・大隅編)鯨類資源の持続的利用は可能か −鯨類資源研究の最前線− 海洋生物社. 東京 213pp.

    IWC. 2001. Annex R. Summary of Information from Progress Reports. J. CETACEAN RES. MANAGE., 3 (Suppl.) 341-357.

    IWC. 2002. Annex O. Summary of Information from Progress Reports. J. CETACEAN RES. MANAGE., 4 (Suppl.) 377-392.

    Kato, H. 1998. JAPAN. Progress Report on Cetacean Research, May 1996 to April 1997. Rep. int. Whal. Commn, 48: 329-337.

    日本捕鯨協会.2000. 鯨肉の在庫量調査結果概要. 日本捕鯨協会プレスリリース.平成12年5月18日

    日本捕鯨協会.2001. 鯨肉の在庫量調査結果概要. 日本捕鯨協会プレスリリース.平成13年5月17日


    プリント用PDFファイル(860KB)

      ※ この論文は、『鯨研通信』2002年9月号に掲載される予定です。

     


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