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2008年度第二期北西太平洋鯨類捕獲調査(JARPNII)
−日新丸調査船団による沖合域調査航海を終えて−

平成20年8月22日
財団法人 日本鯨類研究所


1.経緯

北西太平洋とオホーツク海を回遊するミンククジラ(オホーツク海−西太平洋系群)の資源量は、国際捕鯨委員会(IWC)によって、25,000頭と推定されています。 持続的利用が可能な捕獲枠を算出するための改訂管理方式(RMP)をこのミンククジラ資源に適用する際に必要となる系群情報の収集を主目的として、当研究所は日本政府からの特別採捕許可と補助金を受けて、 1994年から1999年まで北西太平洋鯨類捕獲調査(JARPN)を実施しました。この調査によって、日本列島を挟んだ太平洋側と日本海側のミンククジラが各々独立した繁殖活動を行っている集団(系群)であることが明らかになりました。 また、太平洋側では同一系群であっても、未成熟個体は沿岸に、成熟雄は沖合に、そして、成熟雌は北方のオホーツク海などに棲み別けしている実態が明らかになりました。 さらに、この調査では、ミンククジラが日本漁業の主要対象魚種であるサンマやカタクチイワシ、スケトウダラ、スルメイカ等を大量に捕食していることが明らかになり、また、鯨類の分布と漁場とが重なっていることから、 鯨類と漁業活動との競合関係が強く示唆されました。
このような調査結果から、鯨類を含む水産資源の包括的管理のためには、鯨類及びその餌生物を含めた総合的な調査が必要であることが認識され、 JARPNを発展させた第二期調査(JARPNII:通称 ジャルパン・ツー)が計画され、2000年から実施しています。
このJARPNIIの最優先課題は、鯨類が消費する餌生物の種類や量、鯨類の餌生物に対する嗜好性などを調べて鯨類の摂餌生態を解明するとともに、 それらの相互関係を基にした生態系モデルの構築を進めて、鯨類を含む日本周辺の水産資源の包括的管理に貢献することです。
そのため、捕獲調査対象鯨種を、従来のミンククジラ(体長8m、資源量25,000頭)に加えて、ミンククジラより大型で総生物量も大きく、 その捕食量が生態系に与える影響が大きいと推定されるニタリクジラ(体長13m、資源量25,000頭)やマッコウクジラ(体長雄15m・雌11m、資源量102,000頭)、 イワシクジラ(体長14m、資源量69,000頭)を含めました。 また、鯨類が利用している餌生物の分布や存在量を推定するため、計量魚探や中層トロールを装備した調査船を用いて、鯨の捕獲調査と併行して餌環境調査を行っております。
JARPNIIでは、こうした鯨類の摂餌生態調査の他に、鯨類や海洋生態系への化学汚染物質の影響の把握や、各鯨種の資源構造の解明にも引き続き取り組んでいます。
今回入港する日新丸船団は、JARPNIIの沖合域調査を担当していますが、 この他、沿岸域の捕獲調査(春季に三陸沖、秋季に釧路沖)が同計画の下で実施されており、主に小型捕鯨船が担当しています。
我が国が実施している捕獲調査は、国際捕鯨取締条約(ICRW)の第8条(別記参照)によって締約国の権利として認められている正当な科学調査です。 また、漁業資源の適切な管理の実現に向けた鯨類調査の実施の必要性は、国際連合食糧農業機関(FAO)の水産委員会でも強く支持されています。


2.調査計画概要

第二期北西太平洋鯨類捕獲調査(JARPNII)は、国際捕鯨取締条約第8条に基づいて当研究所が政府の許可を受けて実施しており、 2000年より2年間の予備調査を経て、2002年より本格調査を実施しています。調査の概要は以下のとおりです。


調査目的:

(1) 鯨類の摂餌生態と生態系研究

(2) 鯨類及び海洋生態系における海洋汚染のモニタリング

(3) 鯨類の系群構造の解明

調査海域:

北緯35度以北、日本沿岸から東経170度にかけた北西太平洋(7、8、9海区)の一部海域。(但し、外国の200海里水域を除く。)

調査海域図

図1.JARPNIIの調査海域。2008年北西太平洋鯨類捕獲調査では、7海区、8海区及び9海区のほぼ全域を調査しました。

調査結果の概要:

本年度の沖合域調査は、台風の接近や長期間の霧に悩まされながらも、ニタリクジラやイワシクジラをはじめとして、 シロナガスクジラやナガスクジラなど多種にわたる鯨類を数多く発見して調査を順調に進めることができ、予定した調査期間に、ほぼ計画通りの標本数を得て、終了しました。
今年の調査では、7、8海区及び9海区のほぼ全海域において調査を実施しました。 その結果、以下のような興味深い鯨類の摂餌生態に関する情報を得ることが出来ました。


(1) これまでの調査から、ミンククジラは日本沿岸から沖合にかけて広く分布し、海域や時期によって餌生物種を変え、沖合域では5〜6月にカタクチイワシを、7〜9月にサンマを捕食し、 沿岸ではオキアミやイカナゴ、カタクチイワシ、サンマ、スケトウダラと幅広い餌種を利用していることが明らかになってきました。
しかしながら、今年度の調査では、沖合域の初夏から盛夏にかけてサンマが主要餌生物として観察され、これまで初夏にミンククジラの主要餌生物として認められたカタクチイワシの頻度が少ない傾向を示していました。

(2) イワシクジラは、三陸沖から東経170度までの調査海域に広く分布して、カイアシ類やオキアミ類などの動物プランクトンから、サンマやカタクチイワシなどの魚類まで、 広範な餌生物種を利用していることが、これまでのJARPNII調査から明らかになってきました。
今年度の調査では、イワシクジラは、沖合域では、5〜6月に調査海域の南側に幅広く分布して、主にカイアシ類を捕食しており、一方、8月には北緯45度付近にまで北上してカイアシ類に加えてカタクチイワシも主要な餌生物として利用していることが明らかになりました。 このことは、イワシクジラが、ミンククジラと同様に、初夏から盛夏にかけて北上するとともに異なる餌生物を利用していることを示唆しています。

(3) ニタリクジラは、夏季に北緯40度以南に広く分布して、主にオキアミ、カタクチイワシ及びヤベウキエソを捕食し、分布にも年変動のあることをこれまで明らかにしてきました。
今次調査では、7月の7海区及び8海区において、ニタリクジラは主要な餌生物としてカタクチイワシを利用している実態が再確認されました。

(4) マッコウクジラは、日本近海(7海区)と沖合(9海区)での標本の採集に努め、2個体を採集しました。 その結果、日本近海ではクラゲイカなどの中深層性イカ類の他に、タコイカなど表層性イカ類を、沖合の9海区では深海性魚類を捕食しており、マッコウクジラの食性に関する更なる情報が蓄積されました。

(5) JARPNII調査は、鯨類の捕獲調査に加えて、鯨類の餌環境調査も併せて実施しています。今年度は、計量魚探を装備した第二共新丸の他に、昨年から導入した海幸丸、更には水産総合研究センター 遠洋水産研究所の俊鷹丸が餌環境調査船として参加し、計量魚探とトロールによる餌環境調査を約1ヶ月にわたって実施しました。 これらの調査結果も合わせてクジラの分布や食性と餌生物を総合的に解析することによって、クジラの餌生物に対する嗜好性を含む摂餌生態と、海洋生態系における鯨類の役割がさらに明らかになるものと期待されます。

(6) 本調査では、鯨体の捕獲調査のみならず、衛星標識の装着などの技術を用いた鯨類の生態に関する情報の収集も同様に行っています。今次調査中に、イワシクジラ3頭及びニタリクジラ14頭に対して衛星標識の装着を試み、イワシクジラとニタリクジラの各1個体について同標識の装着に成功しました。 現在、標識からの発信状況を確認中です。装着した個体の遊泳経路を得ることができれば、イワシクジラやニタリクジラの回遊生態や資源管理に有用な情報を提供するものとして期待されます。

(7) シロナガスクジラやザトウクジラなどの大型のヒゲクジラ類の自然標識撮影やバイオプシー採集を実施して、画像や組織標本の収集を行いました。
この他、本計画のもとで、ミンククジラを対象とした沿岸域調査が、春に三陸沖で、また秋に釧路沖で実施されており、その内、本年の三陸沖調査については既に調査を終了しました。



(参考)国際捕鯨取締条約第8条抜粋

1. この条約の規定にかかわらず、締約政府は、同政府が適当と認める数の制限及び他の条件に従って自国民のいずれかが科学的研究のために鯨を捕獲し、 殺し、及び処理することを認可する特別許可書をこれに与えることができる。

2. 前記の特別許可書に基づいて捕獲した鯨は、実行可能な限り加工し、また、取得金は、許可を与えた政府の発給した指令書に従って処分しなければならない。



調査母船日新丸が入港する大井水産埠頭は、国際条約(SOLAS条約)に基づく「国際航海船舶及び国際港湾施設の保安の確保等に関する法律」により、
国際埠頭施設の制限区域に指定されているため、関係者以外の立ち入りが制限されておりますので、ご注意下さい。


2008年JARPNII沖合域鯨類捕獲調査の結果概要

1.期間

航海期間:  平成20年6月 6日(出港)〜平成20年8月23日(入港) 79日間*
調査期間:  平成20年6月10日(開始)〜平成20年8月18日(終了) 70日間
* 母船の入港日

2.船団構成

1)調査員・監督官
調査団長   田村 力((財)日本鯨類研究所 研究部 生態系研究室室長)
日本鯨類研究所より 田村 力  他15名
遠洋水産研究所より 渡邊 光  他1名

2)調査船と乗組員数(含む調査員)

調査母船 日 新 丸 ( 8,044トン  小川 知之 船長以下131名)
目視採集船 第三勇新丸 (742トン  三浦 敏行 船長以下 21名)
目視採集船 第二勇新丸 (747トン  佐々木 安昭 船長以下 20名)
目視採集船 勇 新 丸 (720トン     廣瀬 喜代治 船長以下 21名)
餌環境調査/目視専門船 海 幸 丸(860.25トン  新屋敷 芳徳 船長以下 25名)
餌環境調査船 俊 鷹 丸   (887トン    寺田 靖  船長以下 28名)
計246名
捕獲調査とは別に、上記の海幸丸が同海域において鯨類を対象とした目視調査及び餌環境調査を実施しております。 また、第二共新丸(372トン 竹下 湖二船長以下21名)が同海域において鯨類を対象とした目視調査(一部餌環境調査)を実施しております。

3.総探索距離

5,757.6浬 (目視採集船3隻の合計、仮集計)

4.主たる鯨類の発見数 (一次及び二次発見の合計: 仮集計)

ミンククジラ 64群66頭
イワシクジラ 229群386頭
ニタリクジラ 170群234頭
マッコウクジラ     141群277頭
シロナガスクジラ 15群22頭
ナガスクジラ 39群46頭
ザトウクジラ 17群27頭

5.標本採集頭数

ミンククジラ 59頭
イワシクジラ 100頭
ニタリクジラ  50頭
マッコウクジラ   2頭

6.実施機関

財団法人 日本鯨類研究所
独立行政法人 水産総合研究センター 遠洋水産研究所


発見位置

図2.2008JARPNIIの調査コース(実線)と採集したミンククジラ、イワシクジラ、ニタリクジラ及びマッコウクジラの発見時の位置
:ミンククジラ、:イワシクジラ、:ニタリクジラ、:マッコウクジラ)。
赤枠は、海幸丸との生態系共同調査海域、茶枠は、俊鷹丸との生態系共同調査海域。

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図3.今年度調査において衛星標識の装着に成功したニタリクジラの背面写真 (背中に標識が確認できる)

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図4.今年度調査において観察されたイワシクジラの摂餌行動 (撮影:神田橋 聡)

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