ホーム メール 印刷用
写真
写真
translate

2014年度第二期北西太平洋鯨類捕獲調査(JARPNII)
−日新丸調査船団による沖合域調査航海を終えて−


平成26年7月29日
一般財団法人 日本鯨類研究所

(1) 経緯

第二期北西太平洋鯨類捕獲調査(JARPNII:通称 ジャルパン・ツー)は、日本政府からの特別許可を受けて、2000年から実施している調査です。
この調査の目的は、鯨類が消費する餌生物の種類や量、鯨類の餌生物に対する嗜好性などを調べて鯨類の摂餌生態を解明するとともに、それらの相互関係を基にした生態系モデルの構築を進めて、鯨類を含む日本周辺の水産資源の包括的管理に貢献することにあります。
これまでにJARPNIIで収集されたデータおよび標本に基づく調査・研究の結果については、2009年1月に国際捕鯨委員会(IWC)科学委員会が主催した専門家グループによる評価会議において審議され、高い評価を受けました。 その報告書は、2009年6月に開催されたIWC科学委員会において報告されています。 現在のJARPNIIは、それらの議論を踏まえた調査の改善を可能な限り取り入れて、実施しています。
尚、今年3月31日に出された国際司法裁判所(ICJ)による第二期南極海鯨類捕獲調査(JARPAII)の判決を受け、本年度の北西太平洋の調査(沿岸調査及び沖合調査)については、調査目的を限定し、また非致死的調査の実行可能性に関する検証実験とともに実施することとなりました。


(2) 調査概要

本年度の沖合域調査は、大型の台風が調査海域を通過したことなどの影響を受けましたが、75日間の調査期間中に計画通りに調査を行うことが出来ました。 また、本年の調査では、12.に示すような興味深い鯨類の摂餌生態に関する情報を得ることが出来ました。


1. 調査目的

(1) 鯨類の摂餌生態、生態系における役割の解明
(2) 鯨類及び海洋生態系における海洋汚染の影響の把握
(3) 鯨類の系群構造の解明


2. 実施機関

一般財団法人 日本鯨類研究所


3. 調査海域

日本沿岸から東経170度まで、北緯35度以北の北太平洋(7、8、及び9海区)の一部海域

調査海域図
図1.今次調査の調査海域

4. 航海日数及び調査日数

航海日数:  平成26年5月16日(出港)〜平成26年7月29日(入港) 75日間
調査日数:  平成26年5月20日(開始)〜平成26年7月25日(終了) 67日間
* この他に第三勇新丸が、5月11日から6月29日の49日間、JARPNIIに参加し、非致死的調査を主体とした目視調査を実施。


5. 船団構成
1)調査員

調査団長 田村 力((一財)日本鯨類研究所 調査研究部 海洋生態系研究室長)
(一財)日本鯨類研究所より 田村 力 以下10名


2)調査船と乗組員数(出港時:調査員を含む)

調査母船 日 新 丸 ( 8,145トン 小川 知之 船長以下107名)
目視採集船 勇 新 丸 ( 724トン 佐々木 安昭 船長以下 20名)
目視採集船 第二勇新丸 ( 747トン  阿部 敦夫 船長以下 20名)


6. 総探索距離

3,307浬 (目視採集船2隻の合計)


7. 主な鯨類の発見数

 (捕獲調査船団の一次及び二次発見の合計)
ミンククジラ 2群2頭
イワシクジラ 195群346頭
ニタリクジラ 94群116頭
マッコウクジラ 51群69頭
シロナガスクジラ   7群  8頭
ナガスクジラ  16群 19頭
ザトウクジラ   4群  5頭


8. 標本採集数

イワシクジラ  90頭
ニタリクジラ  25頭


9. 自然標識記録(個体識別用写真撮影)

イワシクジラ:20頭、ニタリクジラ:26頭


10.バイオプシースキン標本採取数

イワシクジラ:16頭、ニタリクジラ:25頭


11.糞標本採取数

イワシクジラ:3頭


12. 本年度の捕獲調査結果要約

(1) 今年度のイワシクジラの採集は、調査時期前半の5月末から7月上旬にかけて行われました。 採集は東経150度から170度の沖合域を中心に行われ、東西の幅広い海域から標本が採集されました(図2)。 採集したイワシクジラ90頭のうち、雄は38頭、雌は52頭であり、雌の割合が高くなりました(表1)。 雄の成熟率は73.7%であったのに対し、雌の成熟率は78.8%でした。 41頭の成熟雌中30頭は妊娠しており、成熟雌中の妊娠雌の割合は73.2%と高い値を示しました。 性状態による棲み分けなどを考慮する必要はありますが、イワシクジラの妊娠率は例年同様高い値を示し、このことはイワシクジラの繁殖状況が健全であることを示しています。 胃内容物はカイアシ類の動物プランクトンから、カタクチイワシやマイワシ、マサバ、ゴマサバ、サンマなどの表層群集性魚類まで、広範な餌生物種が認められました(表2)。 近年の調査において、イワシクジラの主要餌生物がカタクチイワシからサバ科魚類(マサバ・ゴマサバ)に移行しつつあることを報告してきましたが、本年の調査ではこの傾向が顕著になりました。 さらに、2002年にイワシクジラを対象とする捕獲調査を開始して以来、初めてマイワシが主要餌生物として認められました。 近年の研究によりカタクチイワシ資源の低下と分布域の縮小が示唆されており、イワシクジラもこれを反映して主要餌生物種を変化させた可能性があります。 さらにイワシクジラの食性と餌環境の変化について調査・研究を進め、明らかにしたいと考えています。


発見位置

図2.2014JARPNIIの調査コースおよび採集したイワシクジラ及びニタリクジラの発見位置

:イワシクジラ、:ニタリクジラ)。 黒線は通常調査、青線は特別調査


性状態組成

表1.採集した標本の性状態組成


胃内容物組成

表2.採集した標本の胃内容物組成


(2) 今年度のニタリクジラの採集は、調査時期後半の7月上旬から中旬にかけて行われました。 採集は東経145度から165度までの沖合域を中心に行われました。 採集した25頭のうち、雄は6頭、雌は19頭でした。 性成熟率は雄66.7%、雌68.4%と高い値を示しました。 成熟雌13頭中11頭が妊娠しており、妊娠個体の割合は84.6%と高い値を示しました(表1)。 胃内容物はイワシクジラと異なり、カタクチイワシとマサバの表層群集性魚類のみであり、今年度は強い魚食性の傾向を示しました。 イワシクジラでは割合が少なかったカタクチイワシが主要餌生物の大半を占めていました(表2)。 カタクチイワシ資源の低下と分布域の縮小が示唆されているにもかかわらず、ニタリクジラの主要餌生物がカタクチイワシであったことは、ニタリクジラがカタクチイワシを強く嗜好している可能性を示すものとして、今後、ニタリクジラの食性と餌環境の変化について調査・研究を進め、明らかにするとともに、イワシクジラとの摂餌特性の違いを明らかにしたいと考えています。

(3) 採集されたすべての鯨から、鯨の年齢査定に必要な耳垢栓や眼球の水晶体、栄養状態・健康状態の指標となる脂皮厚、食性研究のための胃内容物標本、化学分析用の組織標本など、数多くのデータや標本を得ました(表3)。 これらの調査記録、データ及び採集標本は、今後、様々な分野の研究者により分析及び解析が行われ、研究成果については国際捕鯨委員会(IWC)科学委員会や各分野の学会などで公表される予定です。 また、北西太平洋における鯨類資源の保存及び管理に資する科学的知見の蓄積・増進に役立てられます。


調査項目と一覧

表3.今次調査で実施した生物調査項目と標本の一覧


(4) 非致死的調査として自然標識記録(個体識別用写真撮影)、バイオプシースキン標本採集実験、脱糞行動の観察記録及び糞試料の採集実験、糞回収実験、距離角度推定実験を実施しました。 今年の調査では、これらの非致死的調査に合計約137時間費やしました。 総調査時間(探索、観察、実験等)約575時間の24%に相当しました。
バイオプシースキン標本採集実験は合計約34時間費やし、イワシクジラ16頭、ニタリクジラ25頭分の標本を採集しました。 今後、採集した標本を用いて、系群構造や食性を明らかにするための諸解析等に取り組む予定です。 脱糞行動の観察は合計約101時間費やし、イワシクジラ195群、ニタリクジラ94群、ミンククジラ2群に対して、1例あたり平均20分、最大190分の観察を行いました。 イワシクジラでは脱糞行動の観察が11例あり、そのうち3例で糞を採集しました。 ニタリクジラでは、脱糞行動の観察が1例ありましたが、糞の採集はできませんでした。 ミンククジラでは、脱糞行動が観察されませんでした。 また、糞回収実験では、採集した個体の大腸内容物を採集し、それを実際に海に散布し、これを回収できるか否かの実験を行いました。 その結果、餌生物により大腸内容物の性状に違いが認められ、その性状によって、回収のし易さにも違いのあること等の実験結果を得ることが出来ました。
これら非致死的調査の調査記録、データ及び採集標本は、今後、分析及び解析を行い、その研究成果は来年の国際捕鯨委員会(IWC)科学委員会などに報告する予定です。


13. これまでの北西太平洋における鯨類捕獲調査の成果とそれに対する科学的評価

JARPN(第一期北西太平洋鯨類捕獲調査)及びJARPNIIでは、鯨類の摂餌生態、環境汚染物質のモニタリング、鯨類の系群構造解明に有用なデータが継続的に得られています。 これらの知見は多分野にわたっており、国内外の研究者にとっても非常に価値あるものとなっています。 2009年1月にIWC科学委員会が主催した外部専門家グループによる評価会議では、JARPNIIについて、「JARPNIIの調査において鯨類の餌に対する習性や摂餌嗜好に関するデータを収集するための著しい努力およびそれらデータや情報の全般的な高品質(を評価する)。 捕獲調査計画は複数の調査船およびプラットフォームにわたって、全般的によく調整されており、また、多くの学問領域にわたるデータを高い水準で同時に収集されたことは賞賛に値する。 これら努力の成果として得られた貴重なデータセットはJARPNII調査計画の目的にとどまらない、幅広い課題に関する一斉解析作業を潜在的に可能にするものである。」との高い評価を受けています。

こうした捕獲調査の成果や科学的評価については、当研究所のホームページ(http://www.icrwhale.org/JARPNSeika.html)やIWC科学委員会(http://iwc.int/scmain)のホームページでも参照できます。


14. これまでの調査から分かったこと及び今後の分析でわかること(本年の調査の科学的貢献)

鯨類捕獲調査では、鯨類の餌消費量、餌嗜好性などの生態系モデルを構築するために重要な知見を得るためのデータが継続的に蓄積されてきています。 2000-2007年のJARPNII調査で得られた鯨類の餌消費量、餌嗜好性などの情報を用いて生態系モデルを構築し、鯨類の捕獲による、カタクチイワシ、サンマ、サバ科魚類などの日本の漁業資源に与える影響評価を行った研究成果が上記の評価会議に提出されました。 この報告から、JARPNIIで得られたデータにより、鯨が日本の漁業資源に与える影響を評価できる可能性が示唆されました。 また近年これまで調査対象鯨類の重要な餌生物であったカタクチイワシがサバ科魚類(マサバ、ゴマサバ)やマイワシに変わりつつあることが明らかになってきました。 これら鯨類の食性をモニタリングすることによる魚種交替現象とそれに対する鯨類の摂餌戦略の変化の解明が期待されます。 今後さらにデータを蓄積し、より精度の良い鯨類による餌消費量の推定を行うことは、北西太平洋の漁業資源を管理するためにも重要です。

この他に鯨類の遺伝データも蓄積され、系群構造の検討が国内外の研究者により進められています。 日本側の研究からは、標本中に異なる系群の存在を支持するような時空間的な遺伝的分化が見られず、北西太平洋は1つの系群で占められることが示唆されました。 本調査のデータはIWC科学委員会で現在及び過去に行われたニタリクジラの改訂管理方式(RMP)の適用試験においても貢献しています。 また、イワシクジラも同様に時空間的な遺伝的分化が認められず、北西太平洋は1つの系群によって占められることが示唆されました。 これらの情報は、北西太平洋における鯨類資源の保存及び管理に不可欠です。


(参考) 国際捕鯨取締条約第8条(抜粋)

1.この条約の規定にかかわらず、締約政府は、同政府が適当と認める数の制限及び他の条件に従って自国民のいずれかが科学的研究のために鯨を捕獲し、殺し、及び処理することを認可する特別許可書をこれに与えることができる。

2.前記の特別許可書に基づいて捕獲した鯨は、実行可能な限り加工し、また、取得金は、許可を与えた政府の発給した指令書に従って処分しなければならない。


photo photo photo
左:イワシクジラへのバイオプシー採集実験、中:ニタリクジラへのバイオプシー採集実験、右:イワシクジラの糞回収風景

photo photo photo
左:イワシクジラの胃内容物採集風景(餌生物はマサバ)、中:イワシクジラの胃内容物(マサバ):体長20-24pのマサバが約500s認められた。、右:餌生物測定風景


2014年度第二期北西太平洋鯨類捕獲調査(JARPNII)−日新丸調査船団による沖合域調査航海を終えて− PDF形式

Valid XHTML 1.0 Transitional